こんにちは!ふかぽんです。

 

 

 

昨夜、NHKで放映されたドキュメンタリードラマ

 

「母、立ち上がる」を観ました。

 

 

 

写真引用:NHK認知症ともに新しい時代へ

 

 

 

私は普段、認知症の母を介護する立場ですが、

 

当事者である認知症を患っている人の内面について

 

理解が不足していました。

 

 

 

認知症になってしまった人は、

 

日頃どんな事に不安を感じているか、

 

どんな事を知ってもらいたいか。

 

 

 

「母、立ち上がる」大変に参考になりました。

 

 

 

放送された内容を時系列で、まとめてみました。

 

 

 

あなたが認知症になったら?

 

 

主人公は、藤田明子さん 55歳

 

 

 

鳥取に生まれ育ち、夫との間に3人の娘に恵まれ、

 

看護師として働いていました。

 

 

 

10年前にアルツハイマー型認知症と診断されました。

 

 

 

認知症を患っても、1人のお母さんであり続けてきた,

 

 

10年間の物語です。

 

 

 

  • 2007年

物忘れの症状が頻繁に表れる。

 

 

若年性アルツハイマー病の疑いがあると診断される。

 

 

 

今後、様子を見ることになる。

 

 

 

診断直後の藤田さんの日記には、

 

 

 

「牛乳が冷蔵庫に3本になっている、毎日のように買ってしまっている。」

 

 

 

「脳は目で見たことを、きちんと処理してくれない気がする、何で。。。。」

 

 

 

「いろいろと思うようにはならない。5年後は、どうなっているのだろう?」

 

 

 

藤田さんの心の内面では、

 

「早期診断、早期治療」だが「早期診断、早期絶望」で、

 

認知症になったら、何もわからなくなってしまう

 

と思い込んでいました。

 

 

 

10年前は、認知症に関する前向きな情報は少なく、

 

根本的な治療薬はなく、自分らしく暮らせるのは、

 

長くて5年ぐらいんで、最後は寝たきりになってします。

 

この程度の認識・理解でした。

 

 

 

  • 2008年

病名がつきました。

 

 

 

アルツハイマー型認知症。(初期の段階です)

 

 

 

進行を遅らせ薬を飲みはじめる。

 

 

 

藤田さんの状態は、

 

・混乱することもあるが、自分の状態を受け入れる。

 

・認知症になると何もかも分からなくなるわけではない。

 

・文字を書くのが難しい。

 

 

認知症に対する偏見や誤解は根強い。

 

 

 

他人は、自分を特別な物を見るようで怖い。

 

 

 

自分自身にも認知症に対する偏見がありました。

 

 

 

自分は劣った存在だと、ほかの誰よりも自分自身が思い込んでいた。

 

 

 

しかし、

 

忘れたり覚えにくいことが増えても

 

何とかこれまで通りに、母でいつづけた。

 

 

 

もうだめかもという不安な気持ちと闘いながら

 

認知症になっても、お母さんであり続けられました。

 

 

 

  • 2009年

母、立ち上がる

 

 

「認知症の人は何もわからない、だから適当に話をあわせてあげよう」

 

という掲載された新聞記事に対して、新聞社へ抗議に行く。

 

 

 

「認知症になったから何もわからなくなるわけではない!」と

 

病気を告白し、新聞に掲載される。(仮名で)

 

 

 

その後、講演依頼がきて、講演活動を始める。

 

 

 

認知症は、その本人だけの問題ではない。

 

 

 

認知症の人にどう接していいのか?

 

 

 

とまどう家族の現実がある。

 

 

 

藤田さんは、

 

「混乱する私の傍らで、家族はどのような想いでいたのか?」

 

 

 

「ただ、そばに居てくれる、受けとめた家族がいたから今の私がある。」

 

 

 

また、離れていく友人もいます。

 

 

 

認知症の人とどう付き合っていいのか分からず、距離をおくようになります。

 

 

 

そして実名で、人の前に立つようになる。

 

 

 

藤田さんの声(認知症本人)が多くの人へ届くようになる。

 

 

 

  • 2010年

地元の仲間と若年性認知症問題にとりくむ会「グローバー」を発足

 

 

 

  • 2014年

全国へ輪が広がる

 

 

認知症本人による団体「日本認知症ワーキンググループ」を設立。

 

 

 

しかしながら、まだ声をあげたくてもあげあれない現実があります。

 

認知症の人への理解や関心は低い。

 

 

 

認知症の人、誰もが顔や名前を隠さず、胸をはって生きられる社会は

 

いつになったら実現できるのか?

 

 

 

  • 2017年1月

地域で語りかける。

 

 

自分も身近な人も認知症になるかもしれない。

 

 

 

不安があっても地域で支えるつながりが必要。

 

 

 

公民館で、「認知症について語り合う会」を催す。

 

・みんなで一緒にやっていく

 

・1人で抱え込まない

 

・1人じゃないよ

 

 

 

母は母

 

 

診断から10年、

 

藤田さんの一人からの戦いの輪は広がっています。

 

 

番組の最後に、

 

 

認知症はやがて言葉も出にくくなり、体も思うように動かなくなる

 

可能性があります。

 

 

 

私にもその日が来るかもしれません。

 

 

 

でも、その時まで私の想いを伝え続けていきたい。

 

 

 

娘たちへ、認知症と共に生きる私の姿を見ていて欲しい。

 

 

 

忘れないでいて欲しい。

 

 

 

そして娘さんは、お母さんに対して、

 

 

認知症の母とは思ってなく、母は母

 

と結んでいます。

 

 

 

再放送は、4月22日(土)午後4時20分からです。

 

 

 

ぜひ介護している方、介護されている方も、ご覧になって下さい!

 

 

 

メッセージ受付中

 

 

ふかぽんに聞いてみたいこと、

 

在宅介護についての情報交換、

 

または日頃の愚痴など、

 

どうぞお気軽にメッセ―ジくださいませ。

 

 

お問い合わせはこちら